フォレストスケープから北西に3キロの岩石地帯。
霧が立ち込めている。
イリスは岩山の一角に腰を下ろして街の方をじっと見つめている。
時々胸のロザリオを弄くる。
両膝に額を押し当てて頭を振る。
一陣の風が吹く。
「やほっ! いーちゃん! 仕事休み!?」
ルーランが前方に突然現れた。
イリスは多少狼狽するが直ぐにまた無表情を顔に貼り付ける。
「休みだよ……当たり前だろ」
ルーランはパッと笑顔になる。
「そーだよね! いーちゃん仕事熱心だもん! 今何考えてた!?」
イリスはまた少し表情を変える。
痛い所を突かれたようだ。
「……」
イリスはだんまりを決め込んだ。
「当ててあげようか! 風見さんの事! じゃなかったらサイレンちゃんの事!」
イリスがルーランを恐ろしい形相で睨む。
しかしルーランは少しもたじろがない。
何知らぬ顔で悪魔のようにケタケタ笑っている。
「あはは! 当たりだ! 2つ言うのは狡かったかな? あはははは!」
イリスは顔をまた無表情にして溜息をついた。
「死んだ人の事考えてても儲からないよ。いーちゃん」
ルーランが言う。
イリスは膝に額を押し当てて反応を返さない。
ルーランは酷くつまらなさそうな顔をする。
「ちぇー。 喧嘩買ってくれないんだ。 いーちゃん強いから暇つぶしになると思ったのにな。」
ルーランはイリスに背を向けてピタリと止まる。
「少しは面白くしてみせろよ。この腐れ天国」
ルーランは強い口調でそう言った。
毅然とした態度が感じられ、イリスの深い青色の瞳がちらと動く。
「私は私の事しか考えてないよ」
イリスが言った。
「けっ」
ルーランは吐き捨てて一瞬で何処かに飛んでいってしまった。
イリスはまた膝に自分の額を擦り付ける。
「何かしなきゃ……何か……」
イリスは呟いた。
フォレストスケープの繁華街。
その片隅にタイムスケープというジャズ喫茶がある。
風見幹也はその店を拠点にして作家活動を進める事に決めた。
雰囲気が気に入ったのだ。
其処に毎日通っているウェイターのオルガは風見が書き始めた小説のファンになってしまった。
「続きが楽しみですわ。風見さん。」
その日も風見のテーブルに両肘をついて頭を支えながらオルガは言った。
「ちょいとスランプなんだよね。今日は。」
風見は実感を話した。
「考えてみたら天国に来てから一つもアクションを起こしていない。
このままじゃ感性が腐っちまうな。うん。」
「まぁっ! 感性に触れる経験をなさりたいのですわね! それなら良い所が有りますわ!
第七管区! アソコなら命の遣り取りが直に見られますわ!」
オルガは言った。
「第七…? 其処はたしか戦争してる所じゃ…」
「うぃーす」
声が風見の言葉を遮った。
「あ……」
風見は呆然とする。店に入ってきた者は……
「先輩ーーー!」
鬼太郎カットの紫髪を肩まで伸ばしてゴスロリの服を着ている。
水前寺由良だった。
「あら……由良ちゃんとお友達ですの?風見さん」
風見は酷く狼狽している。
「ああ……中学の時の後輩でな……そういやお前……この前死んだんだったな。
葬式にも出た。」
「忘れらしてたんですか!? 辛いですよ私! でも会えて良かった……」
由良がポロポロと泣き出す。
「泣くな泣くな。良かったよ。本当会えて良かったよ」
風見は由良の方に歩いていって肩に手を置く。
オルガはそんな二人を顎に手をやってじっと見ている。
「二人で第七管区に見学に行かれたらどうですの?風見さん。由良ちゃん」
オルガが空気読まずにそう言った。
呆然とする二人。
「戦争だってさ。水前寺」
風見は言った。
「あは♪戦争ですか。先輩」
由良のノリは良さそうだ。
そんなわけでその次の日第七管区に取材に行く事になった。
その時は全くの軽い気持ちだったのだ。